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(46) さようなら-寛巷子・窄巷子
四川大地震直後、親族のことが心配で、急遽里帰りしました。成都、徳陽にいる親戚全員を見舞いました。家が倒壊した人は何人かいましたが、幸いみんな命に別条がなく、ほっとしました。地震発生後、職場の同僚、周りの友人など、たくさんの日本人の方々からご心配のメール、電話、お見舞などを頂きました。この場をお借りして、日本人の皆様の心温かいお気持ちに深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。
成都滞在中、ちょうど寛巷子・窄巷子は修復工事が終わったというニュースが大きく報道されていたので、急いで見学に行きました。
寛巷子と窄巷子は成都市内二つの並行している裏通りの名前です。「寛」は広い、「窄」は狭い、「巷子」は成都地方の方言で「路地」や「小さい通り」の意味です。約300年前の清康熙時代、寛巷子と窄巷子は宮廷からの満州族官吏と兵士たちの駐在地でした。建物も中国北方の四合院式で、典型的な四川民居建築ではありません。その後、清が滅亡、寛巷子は大軍閥や金持の宅に、窄巷子はお手伝いさんの居住地になりました。時代が変わっても、ここの建物は300年前のままで、ここの住民の子孫も昔の生活様式を守っていました。
建築ラッシュのここ十数年、成都市内の古い住宅はほとんど壊され、高いビルが次から次へと建てられ、中国北方建築の代表である寛巷子と窄巷子は、逆に成都の古い建築とライフスタイルの代表となりました。
中国にいたときの会社が寛巷子と窄巷子に近かったため、夕方よく同僚と一緒にそこでお茶を飲みました。小さい通りに入ると、古い四合院がつながり、白い壁、青いレンガ、高い木造の扉と細かい花模様の彫刻…住民が竹の椅子に座って、お茶を飲んだり、世間話をしたりして、そののんびりしている姿を見るだけで一日の仕事の疲れが癒されました。
成都の地元ガイドを担当していた時、時間の余裕があれば、必ず日本人の観光客をここへ案内しました。「そんなぼろぼろで恥ずかしいところを外人に見せるな!もっと新中国のすさまじい発展ぶりを見せて!」と注意されたことがあります。確かに古い街路はでこぼこでぼろぼろ、湿っぽい空気の中にカビ臭いにおいが漂っていました。でも、それは本当の成都普通市民の生活の姿です。毎回寛巷子と窄巷子を案内した後、必ずお客様から良い所を見ることができたとお礼の手紙を頂きました。
寛巷子と窄巷子は大慈寺、文殊院と一緒に「成都三大歴史文化名城保護街区」として取り上げられて、修復工事が2年前始まり、やっと6月に完成しました。昔の美しい記憶のままで、見学に行きましたが、なんと唖然としたのです。確かに建物は昔風に模倣して造れていますが、原住民を全部移転させ、かわりにフランス料理店、スターバックスコーヒ店、高級宝石店などが軒をならべ、昔の寛巷子・窄巷子の面影は全部消えていたのです。
非常に残念だと思いましたが、これも中国の発展による支払うべき代価でしょうか?自分の残念な気持ちを周りの人に言うと、「旧的不去、新的不来」(古いものが行かないと、新しいものが来ない)とあっさりとしたものです。
とても楽観的な中国人民です。私はこのきれいでモダンな「倣古建築」を眺めながら、小さい声でつぶやきました。:再見了―寛巷子・窄巷子。
修復後の寛巷子

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