日の出まぢかの海岸に、音もなく天使たちが集まりはじめる。
まもなく水平線が黄金色に輝きだすと、天使たちは ある者は耳にてのひらを添え注意深く、ある者は輝きを胸いっぱいに吸い込むように大きな動作で、朝日の醸す特別な音色を わずかも逃すまいと耳を傾ける。
映画『シティオブエンジェル』にそんな場面が出てくる。天使の世界では「朝日の音を聴く」ことは心身を清浄に保つ尊い日課だ。
1998年に封切られたこの映画、物語の本筋は人間に恋した天使の揺れる想いを描いたものだが、私はどうもこの天使たちの日課が気にかかってしかたなく、そして気がかりなまま9年が過ぎてしまった。
このおとぎばなしを、疑似体験できる場所が南の楽園バリ島にあることを発見したのは、わりと最近のこと。それも普段なじみのない海岸・パンタイサヌールで。
島のビーチリゾート発祥の地と云われるサヌール地区は、‘90年頃から始まった島の観光開発競争からいちはやく離脱し、クタやヌサドゥア、ジンバランなどの後進ビーチエリアにやすやすと道を譲った。そして自らは静寂を保つことにより独特のカラーを出している。少し意地悪く云うなら「閑散としていて観光客が訪れないエリア」ということになる。
そんなわけだから、このビーチへやってくる旅人はいわゆる“観光客”ではなく“休養客”というカテゴリーがあるなら そんな「何もしない静かな休暇」を楽しみにくることがほとんどだ。
かく云う私も、夜明けの美しさに魅せられてからというもの島を訪れると必ず一夜はこのビーチに宿をとる。
目的はもちろん。「朝日の音を聴きに」。
午前5時半。星の瞬きが名残を落とす浜辺に立ち深呼吸をする。すがすがしい朝一番の空気が胸を満たす。そして 耳を澄ます。
このビーチのよいところは、クタなどの西海岸と違って波が穏やかなところ。
早朝から働きだすバリ人のバイクや乗り合いバスの喧騒ひとつ、耳に入らないどころか目の前に寄せては返す潮騒も ほとんどなにも聞こえない。
にわかに、海の向こうに光るすじが ふくらんできた。
心を無に 天使たちに紛れてひたすら「朝日の音」にきき入るこのひととき。
さて、今朝の太陽はどんな音色を奏でるだろう。