梅雨にはいり、神宮外苑のいちょうも緑の濃さを増してぐっと貫禄をたくわえはじめました。
去年の冬に余分な枝を思いきって切り払ったいちょうたちは、無駄なく見事まっすぐに天を目指して若葉を伸ばしていきます。
よく見ると、美しい二等辺三角形の頂点を極限まで突き伸ばしたその先に、チョリンとおまけのような若葉の旗がたっています。どの樹にもどの樹にも。
バリ島をぶらぶら歩いていると、これと同じ光景によく出くわします。外苑のいちょう並木と同じように一本道の両端に整然と立ち並ぶのは、バリではいちょうではなく竹細工のまつり飾り「ペンジョール」です。お盆や正月、満月のまつり、村寺のまつり。「まつり」と名がつけば必ずこの竹飾りは登場します。一本の竹の胴体をナイフでそいで鳳凰の尾のような繊細な巻き飾りに仕立てたり、三角形の飾り穴をあけるなど思い思いの彫刻をほどこし、デザイン性を高めます。
都市部やホテルエリアでは、素の竹棒にかま型のカラフルな布をかぶせた簡易ペンジョールをよく見かけます。真っ青な空とレンガ色の屋根の間にはためく色とりどり原色のペンジョールはリゾート気分を盛り上げてくれる素敵な飾りですが、枯れた竹であっても繊細な彫刻を凝らした農村部のペンジョールのすばらしさには、とうてい適いません。
まつりのときのペンジョール作りは、バリの男の大事な仕事です。簡単そうに見える胴体の彫刻ですが、これを一人前にできるようになるまでには何年もかかるのです。
二十歳代のころ、ペンジョール作りに挑戦したいと定宿のお手伝い・カデくんにお願いしたことがありました。彼は不敵の笑みを浮かべ『ふっ。女だてらにペンジョールを彫りたいだなんて、100年早いわ』と思ったでしょうが、慎み深いバリ人ゆえ一言も意見を述べず、短刀を貸してくれました。
刃先がさくっと竹の胴を捕らえます。そのまま一方向に力をこめ羽根の形に胴に切り込みを入れ…るつもりが、無情にもつるつるしたうわべを刃先が滑ってしまいます。切り込む角度が浅かったのかしら、と、もう一度トライ。竹は人を小ばかにしたように、つるつると私のナイフをかわしていきます。さぁもう一度!
ザクッとようやく刃先がひっかかったその場所は、竹の節。そこからは押しても引いても短刀は動かず、汗ばかりしたたるも手のひらは赤くすりむけるも、竹に遊ばれ翻弄された蒸し暑い3月の昼下がり。
神宮外苑の風は梅雨といえどさらりと涼しく、気持ちを新しくしてくれます。
汗水たらして成果の上がらなかったあの暑い日ざしが同じ地球上の体験とは思えないほど遠く感じました。