先日業界の研修で、アイマスクを付けて食事するというめずらしい体験をした。
視覚障害者の弥生さんという60代の女性と一日をともにしながら、旅行の楽しみ方や逆に不安に思うことなどご自身の体験談をたくさん聞かせていただき、勉強した。
アイマスクを付けたまま、すべての料理が配膳されるまで いただきます はおあずけ。
お膳が整うと、主催者が「ふだん視覚障害者の旅行でやっているように料理の解説をします」といちばん手許から時計回りに料理の説明を始めた。わさびや醤油、熱い汁物など特に注意を要するものは念入りに説明してくれる。
「待ってました、いただきます!」の合掌のあと、見えないまま食事をする。指で触ったり匂いをかいだり、先ほどの説明をよく思い出しながら文字通りの手探り体験だ。
私の手は思ったよりちゃんと箸を口元に運んでくれ、料理を頬に着けたり箸で顔をつついたりすることはなかった(それを心配する方がおかしい?)が、かけそばに七味を入れたいのに、人に声をかけることや近くの七味を探すことがなんとなくおっくうになり諦めてしまった。味はといえば、そばの汁がちょっとぬるいな~とか、てんぷらの衣がさくさくだけどもっとかおりのある食材で作ってくれれば楽しめるのにな~など、普段感じないようなことが気になって仕方なかった。
食後に弥生さんを囲み、おしゃべりを楽しんだ。
弥生さんは「旅先の食事は視覚障害者にとっても大きな楽しみのひとつです。新しい味に出会うと覚えて帰って、家で作るのよ。食事中に同行者(健常者)と隠し味の当てっこをするけれど、だいたい私の方がよくわかるの」と誇らしげだ。
また、「同じ海でも瀬戸内海と日本海、太平洋ではにおいが違うのよ。もみじも、まだ青い葉ともうすぐ紅くなる葉ではぜんぜん違うの」とおしえてくれた。
ある旅先では、就寝中に小雨が庭の葉や旅館の屋根にあたる音がまるで窓の外で誰かがてんぷらを揚げているようでとても楽しい気持ちになったそうだ。『深夜に窓辺でてんぷら』、その感性は小雨を簡単に目視できる私たちにはとうてい持つことのできない宝ものだろう。
旅行から戻り、ともに旅した健常者の仲間に旅の思い出を話すと、たいがい「え?そんなことあった?そんなの気付かなかった。えー!」と返ってくるそうだ。
弥生さんはいつも「あなたたち目が見えているのに、なぁんにも見てこなかったのね。あ~あ、かわいそう!」と締めくくるそう。
旅行会社で働く私たちは、まず全員が旅行大好き人間だと自負している。ツアーの企画も、胸をはって自分の好きな訪問地をまるごと楽しんでもらいたい気持ちで一生懸命作っている…つもりでいた。なのにいつのまにか『何を見て何を感じてほしい』のか、提供する側の私たちがビジョンを見失ってしまったのかもしれない。見ていない・感動していないのはお客様の非ではなく、私たちの責任も小さくないのだろう、と、弥生さんの話はそんなメッセージを孕んでいるような気がした。
持っている能力に甘んじない、五感を使って楽しむ旅行。心を新たにして企画も楽しみたい。